愛しいと思うもの
お久しぶりです。
このブログを始めたときは20歳かそこらでもう5年も歳をとってしまったみたい。
まだまだ人生これからだよ、の台詞はもう聞き飽きました。そんな暴力のような励まし文句、私は聞きたくはないのです。
20代でも人生を諦めて自殺する時代です。もう私達はSNSという世界で、他人からの有益な、または非利益な情報で上辺だけの歳を重ねているのかもしれない。
私は、SNSを辞めた。他人と繋がれそうなものは全て。
この人誰だっけ を繰り返さないと誰かも分からない知り合いの日常を見るのはなんだか疲れる。
例えば、機会がありその誰かとお茶をしばくことになって、私は彼に、あるいは彼女に、何の話題を振るのか考えて頑張らなければいけない関係はもう高校生までにしたかった。
SNSを辞めてから誰かと行ったパンケーキの写真より、友達と比べて自分が不細工に写っていないかだけを考えるプリクラより
1人で誰にも見せる予定がない、行き場のないような退屈な写真達をどうしようもなく愛おしく思うようになった。
追伸に過ぎないけれど、寂しさや孤独を他人で埋めるのは簡単すぎる。簡単だからこそ効力がとてつもなく弱い。
それから縋るのはクタクタになったタオルケットだと決めている。